第7回 悪い日の過ごし方

悪い日の過ごし方

「悪い日」と言われた場合は、基本的には、おとなしくしていよう。とくにしなくていいことはその日にしないで、それは「好調な日」にまわしたほうが賢明じゃ。ただし、その日に義務としてしなければならないことがある場合は、 日が悪いからといってやめてしまってはいけない。それをすることによって結果的に不愉快なことがあっても、それは運命として受け入れよう。その運命は次の幸運に必ずプラスになって返ってくる。
たとえば、「対人関係が荒れる」と書かれている日は家から出ないという人もいる。しかし、そんな必要はない。外に出る必要がなければ家にこもるのもいいが、 その日に会うべき人に会わないで家にこもってしまったら、それこそ、それが原因で対人関係を悪くするじゃろう。また、会うべき人に会って、仮にその人から不愉快なことを言われたりしても、 自分に非があったりしたら反省することで、次に失敗が避けられる。それで人間関係はよくなっていくじゃろう。自然体でいよう。恐れることなく外に出よう。もっとも「対人関係が荒れる」という日は、少し用心したほうがいい。 (このように占いのいいところは、用心ができるということじゃな。)対人関係の悪い日に出なくてもいいのに外に出て、会わなくてもいいのに人と無理に会ったりすれば、もっと積極的な不愉快さを味わうかもしれんな。



悪い日は次のいい日を作り出す

生活の中で、悪い日がなかったらどうなるじゃろうか。いつもいい日で、いいことだけが起こってくる。そんなことが続いたら、多分、人間には「いい日」という感覚などなくなってしまう。 晴ればかり続く土地の人は雨や雪が欲しくなる。それと同じじゃ。虹が消えずにいつもいつも空にあったら、だれもそれを今ほどには貴重だと思わんじゃろう。
いい日のうれしさは悪い日があるから感じられる。悪い日があるからいい日があると考えよう。だから、まず、悪い日をいたずらに恐れたり悲しんだりするのはやめよう。 それが「つらいことがあって悪い」日なら、「このつらさがあるから次の喜びがある」と思おう。もっともそれでつらさがなくなるわけではない。しかし、少しつらさが軽くなる。 そして、次は、こう考えるんじゃ。「よし、このつらさを、ただ、耐えるだけでなく次のいいことに結びつけるように対処しよう。」
たしか、「赤毛のアン」だと思うのじゃが、アンが失敗か何かして、だれかに謝りに行かなければならない場面がある。その行く道で、嫌なことなのにアンは何だか楽しそうにしている。アンを引き取ったおばさんがそのわけを聞くと、「どう謝るかを考えているんです。」と言う。
謝り方によっては、人は逆に好意を持ってくれるものじゃ。アンにはそうした下心はないが、どうすれば自分を快く許してくれるか、あるいは自分の自尊心を傷つけずに謝罪できるかを考えているのじゃろう。 悪い日には誠実に対処しよう。悪い時は自分の地が現われる。人はちゃんと見ているものじゃ。「あの人はこんなときにもしっかりしている」と思われたいものじゃな。

次は「悪いことだけ当たる」という傾向について話そう。