第8回 悪いことだけ当たる

悪いことだけ当たる

占いを読む人からよく聞くことは「悪いことだけ当たる」という言葉じゃな。
これは人間は悪いことに対して過敏になり、いいことに関して鈍いという傾向があるからじゃ。
たとえば、「通信や交通運が悪い」と書かれている場合、急いでいるのに信号がいつも赤で待たされたりする。
そのときは、非常についていないと感じるじゃろう。腹も立つ。考えてみれば、信号の赤などささいなことなのにじゃ。ところが「通信や交通運がいい」と書かれているときに、まず人は、ラブレターとか、 合格の通知とか、入金の知らせとか、はっきりした「いい知らせ」を期待してしまう。もちろん、「通信や交通運がいい」日にはそうしたことが起こる可能性は高い。しかし、 その日にそうしたことが一つもなかったら「何もいいことがなかった」とやはり思うじゃろうな。しかし、よく考えるのじゃ。その日、たとえば待ち合わせをしていて、電車のつなぎがよかったこととか、 信号がいつも青だったことなどに気がついていなかったかもしれん。つなぎがよくて、信号がスムーズだったので、待ち合わせの時間より少し早く着いて、相手を迎えることができたことなど、 ちっとも「いいこと」だと思えないのじゃな。ひょっとして、約束の時間前に来ていたことが、相手に信用を与えたという大きなメリットを生んでいるかもしれんのにじゃ。



ささいな「いいこと」に気がつこう

普通の生活をしているとき、「いいこと」は、悪いことと同じように、小さなことじゃ。悪いことは小さなことでも痛い。しかし、小さないいことには人は喜びを感じない。
まず、「いい日」といわれたら、はっきりとしたいいことがなく、単にその日は平和だったら、その「平和だった」ことに感謝しよう。そして、「小さないいこと」に気がつく努力をしよう。育てている花の芽が出たとき、友だちが笑いかけてくれたとき、 買い物で思わぬ割引があったとき、親がご機嫌だったとき、バイト先の上司がいい忠告をしてくれたとき、ほんのささいなことに喜ぼう。そして、不思議なことに、小さな喜びが多くなると、喜びが心にたまるんじゃ。たまった喜びは顔に出る。 人はうれしい顔を見るのは心地よいものじゃ。歩いていて、一人笑いをしている人を見ると、こちらも笑いたくなる。幸運は人が運んでくるんじゃよ。人に愛されれば、人が幸運を持って近づいてくる。運はそのように開けてくるのじゃ。

次回は「占いよりも常識が優先する」について述べよう。